佐賀地方裁判所 昭和24年(ヨ)48号 判決
申請人 大鶴鉱業所労働組合
右代表者組合長
被申請人 杵島炭鉱株式会社
一、主 文
申請人の申請を却下する。
訴訟費用は申請人の負担とする。
二、申請の趣旨
申請代理人は被申請会社は申請人組合に対し別紙目録記載の申請人組合所属組合員に対する昭和二十四年十一月十四日より同年十一月十八日迄の間(工場閉鎖中)の賃金残額金五十七万五千四百九十八円五十二銭を仮に支払はねばならない。被申請会社が右金員の支払をしないときは強制執行をすることができる。
旨の裁判を求めた。
三、事 実
申請代理人は申請の理由として申請人組合は佐賀県東松浦郡入野村大字鶴牧三百二十二番地の二所在被申請会社大鶴鉱業所の鉱員を以つて組織する労働組合で同会社の杵島五坑北方の各鉱業所の労働組合と共に杵島炭鉱労働組合連合会を組織しているものである。しかして申請人組合は昭和二十四年十月二十六日右連合会の指図に従い昭和二十四年七月以降の賃金引上げ(約四十%)及び労働協約改悪反対要求のため争議を決行することとなり同年十一月六日よりストに参加し十一月十一日には右上部組合の指令に基いて就業し同月十二日午前六時より再度ストに参加したがその前後から被申請会社は申請人組合の切崩しを劃策し弱小組合員を分離せしめ第二組合結成の気配を生じたこのことは一見組合内部の単なる自然発生的な分裂のように見えるがそうではなくして後述のように第二組合員には通常通り就業せしめているのに申請人組合員には第二組合たる再建労働組合に加入しない限り就業させないと揚言し新に就職する者に対しても暗に第二組合に加入を強要している点に徴すれば被申請会社の悪意に満ちた策謀である。そこで申請人組合は争議打切りの外なしとして昭和二十四年十一月十三日附で翌十四日一番方よりストライキを打切り平常通り業務に付くことを通告したところ被申請会社は翌十四日午後零時半突然事業場閉鎖を宣言して爾後申請人組合が数囘に亘り就業方を懇請したのに申請人組合のみ就業を拒否しその後同月十八日迄のうち同月十六日に協定賃金の六十%を支払つたのみでその余の賃金を支払わない。
(一) しかれども右工場閉鎖は臨時石炭鉱業管理法第十条に基く通商大臣の許可を得ていないから法律上効力がない。
(二) 当時被請会社が工場閉鎖の対抗手段を取らなければならない程組合が尖鋭化して争議行為に再度突入するが如き気配ではなくして却つて組合側より就労方を懇請していたくらいであるから労働者から仕掛けた争議手段は全然存在しないものといわねばならない。しからば被申請会社のした工場閉鎖は違法である。
(三) したがつて被申請会社は違法な工場閉鎖をして申請人組合員の就労を拒んだのであるから会社は労働者の提供した労働の受領遅滞にあるので反対給付たる賃金の支払義務あることは勿論労働基準法第百十四条の趣旨に鑑み同条所定の附加金さえも支払義務がある。
しかも申請人組合の争議行為を打切つているのに拘らず他の御用組合員に就業させながら申請人組合のみに就業を拒んでいることは実は申請人組合が争議行為をしたことを理由として御用組合員との間に差別待遇をしているのであるから会社の右所為は労働組合法第七条違反の不当労働行為である。
(四) 凡そ賃金はその全額を支払はねばならないことは労働基準法第二十四条に明記されその違反については罰則さえ設けられている。これは労働者は通常賃金によつてのみ生存を維持しているものであるから通常の債権の如く当事者の自由にまかせることは労働者の生命権を脅かすことになるからである。そこで別紙目録記載の如く申請人の組合員は被申請会社に対し本件作業所閉鎖中の賃金残額合計五十七万五千四百九十八円五十二銭の請求権を有するを以つて申請人組合は右組合員のため被申請会社に対し右賃金請求訴訟の準備中であるがこれが判決をまつことのできないほど急迫の状態にあるので本件申請に及んだと陳述し右申請人の主張に反する被申請人の主張事実を否認し仮に被申請会社主張の如く被申請会社の工場閉鎖が適法であるとしても労働基準法第二十六条にいわゆる使用者の責に帰すべき事由とは工場主の故意又は過失で工場を焼失し又は製品の売行きが悪いからという理由で休業する場合を言うのであり争議手段としてのロツクアウト等は使用者の責に帰すべき休業に該当しないから賃金全額の支払義務あることは勿論であると陳述した。(疎明省略)
被申請会社代理人は主文第一項同旨の判決を求め
先ず訴訟上の抗弁として
本件仮処分申請は本案判決確定前に勝訴を得たと同一の結果を得ようとするのであるからかかる申請人に満足を与える仮処分は仮処分本来の目的を逸脱して不適法である。
申請人等の請求は将来に亘つて継続した法律関係に基くものではなくして過去の法律関係に基くものであるから仮差押なら格別仮処分の申請は違法である。
事実上の答弁として
(一) 申請人主張事実中申請人組合が被申請会社大鶴鉱業所鉱員を以つて組織する労働組合であり杵島、五坑、北方の各鉱業所労働組合と共に杵島炭鉱労働組合連合会の下部組織であること昭和二十四年十一月十二日、十三日の両日申請人組合がストライキに入つたこと、被申請会社が申請人主張の期間作業場を閉鎖したことは之を認めるがその時刻は午前十一時三十分で事前申請人組合に対して通告済で突然行つたものではない。右工場閉鎖につき臨時石炭鉱業管理法第十条に基く通商大臣の許可を得てないことは認めるがその余の申請人主張事実は之を否認する。
(二) しかれども申請人主張の本件賃金債権は組合員個人に関する権利であつて申請人組合の権利でなく且つ申請人組合が右組合員のために右権利を行使する何等の権限はない従つて申請人組合には当事者として適格がなく本件請求は失当である。
(三) しかして本件工場閉鎖は申請人組合が適法な組合決議によらずして前記の如き違法なストを敢行したので之に対抗するため為されたものであるから正当な争議手段として毫も違法ではない従つて工場閉鎖中の賃金や損害金の支払義務は無い。又工場閉鎖中申請人組合の組合員は何等勤労していないのであるから賃料の請求権はない。
(四) 工場閉鎖が争議手段として行われる場合には臨時石炭鉱業管理法第十条の許可を要しない。仮に然らずとするも右規定は単に取締規定に過ぎずして効力規定ではないから右規定に違反しても工場閉鎖の効力には消長はない。
(五) 昭和二十四年十一月十六日が工場閉鎖でなく通常の休業をしたものとして被申請会社は労働基準法に基いて各鉱員に平均賃金の百分の六十を支払つたのであるから右金額を超える賃金の支払義務はない。
しからば本件仮処分申請は失当であると陳述した。(疏明省略)
四、理 由
被申請会社の訴訟上の抗弁について判断する。
被申請会社は仮処分は将来の強制執行の保全を目的とするものであるから本件仮処分申請の如く本案判決確定前に申請人等をして勝訴を得たと同一の状態の実現を求めるのは仮処分本来の目的を逸脱し強制執行の保全手続たる本質に反して許さるべきものではなく且つ将来に亘つて継続した法律関係に基くものではないから違法であると主張するけれども係争物に関する仮処分は被保全権利の将来の強制執行を阻害する危険を除去防止することを唯一の目的とするに反し仮の地位を定める仮処分は将来の強制執行の保全にあるのではなくしてむしろ将来の執行に危険がない場合でも本案の終局的判決あるに至る迄の間暫定的に債権者の主張通りの法律上の地位を認めるに非ざれば著しい損害を生じ又は急迫な強暴を避け得ない事情の存するときに限り許されるのであつていいかえれば争ある権利関係について当該権利の実現おそきに失する危険あるため仮処分をもつて本案判決確定まで一応仮りに権利関係の本然の姿に即応する状態を形成することを目的とするものであり従つて将来に亘つて継続した法律関係に基くことを要するものではないから被申請会社の右抗弁は失当である。そこで進んで訴訟の実体につき一応の判断をする。
(一) 成立に争のない疏甲第六号証の部分証人松本時二郎の証言(第一囘)により成立を認めることができる疏甲第四号証並に右証人の証言(第一囘)証人立石卓郎、長木哲雄の各証言を綜合すれば申請人組合が昭和二十四年十月二十四日上部組合たる杵島炭鉱労働組合連合会(以下単に杵連と略称する)の指令に従い杵連傘下の他の三組合と共に昭和二十四年七月以降の賃金値上及び労働協約改悪反対の要求を掲げて同年十一月六日より無期限ストライキに入つたが杵連の「戦術を転換して十一日甲方より就業せよ」との指令に従い十一日は就業したが十二日再び大鶴組合として単独無期限ストに入つたのであるが被申請会社は申請人組合の単独スト決行が上部団体たる杵連の指令に違反し且つ申請人組合の規約第二十七条によれば罷業権の行使は労組法第五条第二項第八号の規定と同様の手続によることを要するに拘らず右正規の手続によらずしてその権限を有しない申請人組合の闘争委員会の手により為された違法の争議行為であり且つ申請人組合は同年十一月十三日就労することの申出があつたけれども前記の如くストを決行したり中止したりすることを繰返すようでは申請人組合の就労の申出も真意とは解し兼ね従つてなお申請人組合の争議は継続中であるとして申請人組合の反省を求めるため争議の対抗手段たる工場閉鎖を断行したことを認めることができる。
そこで被申請会社の右事業場閉鎖が適法であるかどうかであるが前記の如く申請人組合は同年十一月六日から杵連の指令に従い他の三組合と共に無期限ストライキに入り同月十一日は杵連の指令でストを中止十二日再び単独で無期限ストライキに入り十四日以降再びストを中止し就労を申出て被申請会社から拒否されたのであるが当時杵連の団体交渉をめぐる争議状態はなお継続中であるのと前記の如き争議の経過からみるときは使用者側からは労組がストを止めたり始めたりすることを繰返しいわゆる継続ストの戦術に出ているものとみるのは蓋し已むを得ないのであつて申請人組合が就労すると言うも使用者としては組合が真実ストは勿論サボ行為をも中止して平常通り業務につき平和的な方法による団体交渉によつて紛争を解決する意思があつたかどうかに疑いを持つことは当時の情勢下に於て当然であるから争議はなお継続中であつてこれに対抗するため被申請会社が為した工場閉鎖は適法であると言わざるを得ない。ロックアウトは使用者側に許された唯一の争議手段であつてその間労働者も賃金を失うが使用者側も資本を遊休せしめて資本が得られる利潤を失い多大の損失を覚悟せねば容易にこれを断行することはできないものであるから必ずしも申請人等の主張するが如く労働者の仕掛けた争議が急迫し尖鋭化した場合のみに限るべきものではなく労働者側の争議行為発生後は勿論場合によつては争議行為の直前でその発生する虞ある状態に於ても許さるべきものと解することは労資対等争議対等の原則から当然の帰結である。
又閉鎖期間中使用者は賃金支払の義務なきことは双務契約上の信義の原則からしてもなおまた労働争議対等の原則からしても当然である。
(二) 次に申請人は本件工場閉鎖は臨時石炭鉱業管理法第十条に基く通商大臣の許可を得ないので法律上の効力がないと主張するけれども右規定は石炭鉱業については政府の炭価補償をしている関係から経営者の都合で任意に事業の休廃止をされては困るとの見地から定められたものであつて之がために経営者の争議権の制限に及ぼす趣旨ではないものと解するので争議手段としてのロックアウトは本条許可を要しないものというべく仮にロックアウトが本条に該当するものとするも右規定は取締規定で効力規定ではないので本件工場閉鎖の無効を来すものではないから申請人の主張は採用し難い。
本件疏明方法のうち以上の認定に副わないものはすべて当裁判所の措信できないところである。
以上の事由により申請人の本件仮処分の申請は爾余の判断を為す迄もなく理由なきものとしてこれを却下し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 二階信一 富川盛介 岩村溜)
別紙目録<省略>